ホームページのリニューアルに伴い、 3代目女房のブログが新しくなりました。
こちらのブログは2022年までの「リフォームママのブログ」となっております。
こんにちは^^
福井県あわら市のリフォームママこと、西島由紀恵です。
今日は、某区民館の建て方がありました。
お天気が危ぶまれていたのですが、
なんとかもちこたえてくれました。
いつも、建て方の現場に行くと感心するのが、
トビ職人さんです。
西島が高所恐怖症なので、
あんなに高くて細い所をスタスタ歩けることが
すごいなーと。
しかも、かけやで打ち込んでるでしょ。
男に生まれたとしても、
絶対できない職業だなぁと思います^^;
あの、ジョージアの缶コーヒーのCMみたくです(笑)
ところで、今日とび職人さんを見てて、思い出した話があります。
少々長いのですが、読んでくれたら嬉しいです。
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「とび職の父」―Mランドの小河次郎会長よりー
校長先生は、引き出しから書類を取り出し「実はある生徒の作文ですが・・・」とA少年の経歴を 話した後に、作文を朗読された。
「僕の父親の職業は、とび職である」という書き出しから始まり、内容はおよそ次のようなこと が書かれていた。
「父親の休日は定まっていなかった。雨の日以外は、日曜日も祝日もなく、決まった作業服に、汚 れたオンボロ車を運転して出かける。仕事が終わると頭の先から足の先まで、泥や垢で真っ黒にな って帰り、帰るなり玄関先に、まず衣類を脱ぎ捨てて、ふんどし一つになって風呂に飛び込むのが 日課である。
時々だが僕の友達がいても平気で『よっ!』と言うと裸になって風呂へ直行する。そ んなときの父親の姿は友達に恥ずかしく一番嫌いだった。
「お願いだから、風呂場で脱いでよ!」と父親とたびたび言い争いをしたものです。『そうか、そ うか、そりゃ悪かった』と謝るが、すぐにもとの木阿弥である。
小学校の頃、日曜日になると近所の友達は、決まって両親に連れられて、買い物や食事に楽しそ うに出かけていき、僕はうらやましく思いながら、それを玄関先で見送ったものだ。はしゃぎまわ って出かける友達の後ろ姿をじっと見つめながら「みんな立派なお父さんがいていいなぁ」と寂し くて涙がポロポロと流れたことが幾度もあった。
中学になる頃には自分の境遇について、もうすっかりあきらめていた。
たまの休みは、父親は朝から焼酎を飲みながらテレビの前に座っていた。
母親は『掃除のじゃま だからどいてよ。』と、掃除機で追っ払う。
『そんなに邪魔にするなよ』父親は逆らうでもなく焼酎ビンを片手にウロウロしている。 『たまには子どもと一緒に何かしたら~』と母親は言うが、僕は「一人のほうがいいよ」と言って、 父親を軽蔑のまなざしで、にらみつけてしまう。父親も『お前は俺とウマが合わないから、遊んで ほしくないわな~』と言う。
『濡れ落ち葉という言葉は、あなたにピッタリね。粗大ゴミともいいます。』と愚痴る母親に『な るほど俺にそっくりかハハハハ・・・うまいこと言うなハハハ・・・』と受け流して怒ろうともせずゲラ ゲラ笑っている。 決まったようないつもの両親の会話だが、僕も母親と同じでこんな不甲斐ない父親など、いても いなくてもかまわないと思ったりもした。
小学校の頃から、小遣いをくれるのも母親だったし、買い物も母親が連れて行ってくれた。PT Aの会合も母親だった。運動会も発表会も母親が来てくれていたし、父親が学校を覗いたことなど ただの一度も僕には記憶がない。
ところがある日、僕は私用で名古屋へ出かけた。ふと気づくと高層ビルの建築現場に「○○建設 会社」と父親の会社の文字が書かれているのが目に入った。
これが父親の働く現場か。僕は足を止 めてしばらく眺めるともなく見ていて驚いた。 8階の最高層に近いあたりに、命綱を体に縛り、懸命に働いている父親の姿を発見したのであ る。
僕は金縛りにあったようにその場に立ちすくんでしまった。
「あの飲み助の親父が、あんな危険なところで仕事をしている。一つ間違えば下は地獄だ。女房、 子供から粗大ごみとか、濡れ落ち葉とか馬鹿にされながらも、怒鳴りもせず、反発もせず、ヘラヘ ラ笑って返すあの父親が・・・」
僕は絶句して体が震えてきた。8階で働いている米粒ほどにしか見 えない父親の姿が、仁王さんのような巨像に見えてきた」
校長先生は少し涙声で読み続けた。
「僕はなんという不潔な心で父親を見ていたのか。母親は父親の仕事ぶりを見たことがあるだろう か。一度でも見ていれば、濡れ落ち葉なんて言えるはずはない。僕は不覚にも涙がポロポロと頬を 伝った。
体を張って、命をかけて僕らを育ててくれている。何一つ文句らしきことも言わず、たった一杯の 焼酎を楽しみに黙々と働く父親の姿の偉大さ。それに対して小言しか言えない母親の小さな心の薄 っぺらさが情けなくなってきた。
どこの誰よりも男らしい父親を、僕は今この目ではっきりと確認 し、たくましい父のこの姿を脳裏に刻んでおこう。そしてすばらしい父親を尊敬し、その子供であ ったことを誇りに思う」 そして彼は最後にこう書き結んでいる。
「一生懸命勉強して、一流の学校に入学し、一流の企業に就職して、日曜祝日には女房、子供を連 れて、一流のレストランで食事をするのが夢だったが、今日限りこんな夢は捨てる。 これからは親父のように、汗と油と泥にまみれて、自分の腕で、自分の体でぶつかっていくる、そ して黙して語らぬ親父の生き様こそ本当の男の生き方であり、僕も 親父の後を継ぐんだ」と。
読み終わった校長は「この学校にこんな素晴らしい生徒がいたこ とをとても嬉しく思います。こういう考え方を自分で判断すること が教育の基本だと思います。そして子の親としてつくづく考えさせ られました」としみじみと語った。