ホームページのリニューアルに伴い、 3代目女房のブログが新しくなりました。
こちらのブログは2022年までの「リフォームママのブログ」となっております。
こんにちは^^
福井県あわら市のリフォームママこと、西島由紀恵です。
先日「商業界ゼミナール」に行ってきました。
毎年2月に開催されてるのは知っていたし、行きたかったんだけど、
末っ子(三男)が高校卒業するまではやめとこうとあきらめてたんです。
ようやく、今年そのときがやってきました。
参加者全員が聞く講演と
4か所に分かれて自分の好きな講座を選べるのがあるんですね。
西島はやる気だけはあるので、
すべてにおいて、講師の真ん前、ど真ん中の席に座りました。
にもかかわらず、催眠術にかかってしまうんですよ。^^;
隣のおじちゃん(どこぞの社長さんやと思います)が、
見かねてブラックガムをくれました(笑)
ただ、全部が全部催眠術にかかってたわけではありませんよ。
ズキューンと心に響くお話もありました。
その中のお一人が、(株)みやはら 会長 宮原ミツ子さんでした。
熊本県阿蘇市でスーパーを5店舗、衣料品2店舗を経営されています。
御年79歳で、実家の母と同い年です。
すぐ隣に大型スーパーマーケットやショッピングセンターが
進出してきて、業績が悪化の一途をたどっていったという
決して珍しくない事例です。
ここあわら市もそんな小さなスーパーマーケットが
ずいぶん撤退していきました。
宮原さんは、周りから『みやはらは、もうつぶれるだろう」と噂され、
義理の妹さんは、子ども4人を置いて出て行ってしまわれたそうです。
当時は、夫婦げんかが絶えなかったと言ってました。
しょっちゅう、茶碗も割っていたと・・・
宮原さん曰く、
『コトブキ屋(隣に進出した大型スーパーマーケット)が
憎いんじゃなくて、 夫が憎かった』と。
この言葉を聞いたとき、めっちゃ共感しましたよ。
たぶん500人近くのこの聴衆の中で、
こんなに共感してるのは私だけだろうと思いました。
正直、今まで同業者が憎いと思ったことは一度もないんです。
でも、手を打とうとしない夫(社長)に腹を立てたことは、
一度や二度ではありません。
それこそ、茶碗だって割りましたよ(笑)
宮原さんの話に戻りますね。
『何度も阿蘇山へ登ろうとした』と、
阿蘇山という単語が何回も出てきました。
最初、なんで急に登山の話になるんだろうと思ってました。
あとで、終わってから、廊下で宮原さんの娘さん(現在の社長さん)と
会ったんですね。
そこで聞いたら、福井県で言うところの「東尋坊」の意味らしいです。
要するに、心中しようとしていたと・・・。
娘さんは子どもの頃、両親の夫婦げんかを毎日見てて、
絶対商売はしたくないと思ったそうです。
『包丁まで出てきたんですよ』とも言ってました。
そんな追い詰められてきた矢先、
宮原さんのご主人は体調を崩し、
手術・入院を余儀なくすることになるのです。
でもそんな噂が流れれば、余計銀行は
手のひら返したような態度になることが分かっていたから、
宮原さんは、病院も遠くの病院を選び、
『主人はハワイに行ってる』とうそをつくのです。
ハワイに旅行ですから、マカデミアンナッツチョコまで
どこかから買ってきたそうです。
どん底の中にいた宮原さんご夫妻が、
このとき、知人から「商業界ゼミナール」に誘われました。
その日のことを
“私の人生を変えた運命の日”であったと。
セミナーを聞いて、俄然やる気になり、
死に物狂いで働かれたそうです。
業績も少しずつ持ち直し、
どんな競合店が出てきても怖くなくなったとおっしゃってました。
ここでハッピーエンドでおしまいかと思いきや・・・・・
後継ぎの予定だった長男が突然、若くして亡くなるのです。
神様はどこまで試すつもりなんだろうと思わずにはいられません。
息子に先立たれるという深い悲しみの中にあっても、
商売だけは必死にがんばってこられた宮原さんでした。
そして、昨年の秋、娘さんに社長の座を譲りました。
といっても、100歳まで生きると言ってる宮原さんは、
100歳までにやるべきことを
手帳に書き記していらっしゃるそうです。
こうでなくっちゃ!!!
宮原さんのお話を聞かせてもらっただけでも、
幕張まで来た甲斐があったと思いました。
小学生の頃、母から
『商売人とだけは結婚したらあかん』と言われてきました。
その意味が、商売人に嫁いでみて、よくわかりました(笑)
でも、裏を返せば、
商売ほど面白いものはないと思う今日この頃です。