ホームページのリニューアルに伴い、 3代目女房のブログが新しくなりました。
こちらのブログは2022年までの「リフォームママのブログ」となっております。
今日9月16日は、トルコのエルトゥール号が和歌山県の小さな海岸で
座礁した日でもあるんですよ。
明治23年の今日、600名の使節団を乗せたトルコの軍船が、嵐にあい、
多くは一瞬にして命を落としたらしいのです。
一部のトルコ人は樫野崎というところまで、泳ぎ着いたそうです。
一人のトルコ人が崖を這い上がって倒れているのを、燈台守がみつけます。
このときから、村長の指揮のもと、島民による救護活動が繰り広げられるのです。
冷え切った身体を人肌であたため、精魂の限りを尽くしています。貧しい村だったので、
十分な食料もありませんでしたが、非常事態に備えていた甘藷や鶏など一切を提供し、
トルコ人の生命の維持に努めたのです。
しばらくして、事故に気付いた明治政府が援助の手を差しのべたので、助かった人たちを
無事にトルコに送ることができました。
昭和60年、イラン・イラク戦争のとき、イラクのフセイン大統領が「今から48時間後に
イラクの上空を飛ぶ飛行機は民間機でも撃墜する」という無茶な声明を発表しました。
当時の日本政府は急な事態に対応が遅れ、残された日本人を救護する飛行機を
飛ばすことができませんでした。
現地の日本人は空港に集まりましたが、どこの航空会社も自分の国民を乗せるだけで
精一杯で、日本人が乗れる飛行機はありませんでした。
そのとき、時間ギリギリにトルコの民間機2機が到着して、日本人を救出してくれました。
外務省が問い合わせるとトルコ政府は、
「私たちはエルトゥール号のことを忘れていない。
だから、日本人が困っているのを知って助けに来た。」と話してくれました。
トルコでは教科書にもエルトゥール号の話が載っているそうです。